冰冻咖啡日语
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藍色の蟇

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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:36 am

藍色の蟇


大手拓次




  藍色の蟇

森の宝庫の寝間(ねま)に
藍色の蟇は黄色い息をはいて
陰湿の暗い暖炉のなかにひとつの絵模様をかく。
太陽の隠し子のやうにひよわの少年は
美しい葡萄のやうな眼をもつて、
行くよ、行くよ、いさましげに、
空想の猟人(かりうど)はやはらかいカンガルウの編靴(あみぐつ)に。


  陶器の鴉

陶器製のあをい鴉(からす)、
なめらかな母韻をつつんでおそひくるあをがらす、
うまれたままの暖かさでお前はよろよろする。
嘴(くちばし)の大きい、眼のおほきい、わるだくみのありさうな青鴉(あをがらす)、
この日和のしづかさを食べろ。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:36 am

  しなびた船

海がある、
お前の手のひらの海がある。
苺(いちご)の実の汁を吸ひながら、
わたしはよろける。
わたしはお前の手のなかへ捲きこまれる。
逼塞(ひつそく)した息はお腹(なか)の上へ墓標(はかじるし)をたてようとする。
灰色の謀叛よ、お前の魂を火皿(ほざら)の心(しん)にささげて、
清浄に、安らかに伝道のために死なうではないか。


  黄金の闇

南がふいて
鳩の胸が光りにふるへ、
わたしの頭は醸された酒のやうに黴の花をはねのける。
赤い護謨(ごむ)のやうにおびえる唇が
力(ちから)なげに、けれど親しげに内輪な歩みぶりをほのめかす。
わたしは今、反省と悔悟の闇に
あまくこぼれおちる情趣を抱きしめる。
白い羽根蒲団の上に、
産み月の黄金(わうごん)の闇は
悩みをふくんでゐる。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:36 am

  槍の野辺

うす紅い昼の衣裳をきて、お前といふ異国の夢がしとやかにわたしの胸をめぐる。
執拗な陰気な顔をしてる愚かな乳母(うば)は
うつとりと見惚れて、くやしいけれど言葉も出ない。
古い香木のもえる煙のやうにたちのぼる
この紛乱(ふんらん)した人間の隠遁性と何物をも恐れない暴逆な復讐心とが、
温和な春の日の箱車(はこぐるま)のなかに狎(な)れ親しんで
ちやうど麝香猫と褐色の栗鼠(りす)とのやうにいがみあふ。
をりをりは麗しくきらめく白い歯の争闘に倦怠の世は旋風の壁模様に眺め入る。


  鳥の毛の鞭

尼僧のおとづれてくるやうに思はれて、なんとも言ひやうのない寂しさ いらだたしさに張りもなくだらける。
嫉妬よ、嫉妬よ、
やはらかい濡葉(ぬれば)のしたをこごみがちに迷つて、
鳥の毛の古甕色(こがめいろ)の悲しい鞭にうたれる。
お前はやさしい悩みを生む花嫁、
わたしはお前のつつましやかな姿にほれる。
花嫁よ、けむりのやうにふくらむ花嫁よ、
わたしはお前の手にもたれてゆかう。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:37 am

  撒水車の小僧たち

お前は撒水車をひく小僧たち、
川ぞひのひろい市街を悠長にかけめぐる。
紅や緑や光のある色はみんなおほひかくされ、
Silence(シイランス) と廃滅(はいめつ)の水色の色の行者のみがうろつく。
これがわたしの隠しやうもない生活の姿だ。
ああわたしの果てもない寂寥を
街のかなたこなたに撒きちらせ、撒きちらせ。
撒水車の小僧たち、
あはい予言の日和が生れるより先に、
つきせないわたしの寂寥をまきちらせまきちらせ。
海のやうにわきでるわたしの寂寥をまきちらせ。


  羊皮をきた召使

お前は羊皮(やうひ)をきた召使だ。
くさつた思想をもちはこぶおとなしい召使だ。
お前は紅い羊皮をきたつつましい召使だ。
あの ふるい手なれた鎔炉のそばに
お前はいつも生生(いきいき)した眼で待つてゐる。
ほんたうにお前は気の毒なほど新らしい無智を食べてゐる。
やはらかい羊の皮のきものをきて
すずしい眼で御用をきいてゐる。
すこしはなまけてもいいよ、
すこしはあそんでもいいよ、
夜になつたらお前自身の考をゆるしてやる。
ぬけ羽のことさへわすれた老鳥(おいどり)が
お前のあたまのうへにびつこをひいてゐる。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:37 am

  のびてゆく不具

わたしはなんにもしらない。
ただぼんやりとすわつてゐる。
さうして、わたしのあたまが香のけむりのくゆるやうにわらわらとみだれてゐる。
あたまはじぶんから
あはうのやうにすべての物音に負かされてゐる。
かびのはえたやうなしめつぽい木霊(こだま)が
はりあひもなくはねかへつてゐる。
のぞみのない不具(かたは)めが
もうおれひとりといはぬばかりに
あたらしい生活のあとを食ひあらしてゆく。
わたしはかうしてまいにちまいにち、
ふるい灰塚のなかへうもれてゐる。
神さまもみえない、
ふるへながら、のろのろしてゐる死をぬつたり消しぬつたり消ししてゐる。


  やけた鍵

だまつてゐてくれ、
おまへにこんなことをお願ひするのは面目ないんだ。
この焼けてさびた鍵をそつともつてゆき、
うぐひす色のしなやかな紙鑢(かみやすり)にかけて、
それからおまへの使ひなれた青砥(あをと)のうへにきずのつかないやうにおいてくれ。
べつに多分のねがひはない。
ね、さうやつてやけあとがきれいになほつたら、
またわたしの手へかへしてくれ、
それのもどるのを専念に待つてゐるのだから。
季節のすすむのがはやいので、
ついそのままにわすれてゐた。
としつきに焦(こ)げたこのちひさな鍵(かぎ)も
またつかひみちがわかるだらう。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:37 am

  美の遊行者

そのむかし、わたしの心にさわいだ野獣の嵐が、
初夏の日にひややかによみがへつてきた。
すべての空想のあたらしい核(たね)をもとめようとして
南洋のながい髪をたれた女鳥(をんなどり)のやうに、
いたましいほどに狂ひみだれたそのときの一途(いちづ)の心が
いまもまた、このおだやかな遊惰の日に法服をきた昔の知り人のやうにやつてきた。
なんといふあてもない寂しさだらう。
白磁の皿にもられたこのみのやうに人を魅する冷たい哀愁がながれでる。
わたしはまことに美の遊行者であつた。
苗床のなかにめぐむ憂ひの芽(め)望みの芽、
わたしのゆくみちには常にかなしい雨がふる。


  秋

ものはものを呼んでよろこび、
さみしい秋の黄色い葉はひろい大様(おほやう)な胸にねむる。
風もあるし、旅人もあるし、
しづんでゆく若い心はほのかな化粧づかれに遠い国をおもふ。
ちひさな傷のあるわたしの手は
よろけながらに白い狼をおひかける。
ああ 秋よ、
秋はつめたい霧の火をまきちらす。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:37 am

  つんぼの犬

だまつて聴いてゐる、
あけはなした恐ろしい話を。
むくむくと太古を夢見てる犬よ、
顔をあげて流れさる潮の
はなやかな色にみとれてるのか。
お前の後足のほとりには、いつも
ミモザの花のにほひが漂うてゐる。


  野の羊へ

野をひそひそとあゆんでゆく羊の群よ、
やさしげに湖上の夕月を眺めて
嘆息をもらすのは、
なんといふ瞑合をわたしの心にもつてくるだらう。
紫の角を持つた羊のむれ、
跳ねよ、跳ねよ、
夕月はめぐみをこぼす……
わたし達すてられた魂のうへに。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:38 am

  威嚇者

わたしの威嚇者がおどろいてゐる梢の上から見おろして、
いまにもその妙に曲つた固い黒い爪で
冥府から来た響の声援によりながら
必勝を期してわたしの魂へついてゐるだらう。
わたしはもう、それを恐れたり、おびえたりする余裕がない。
わたしは朦朧として無限とつらなつてゐるばかりで、
苦痛も慟哭も、哀れな世の不運も、拠りどころない風の苦痛にすぎなくなつた。
わたしは、もう永遠の存在の端(はし)へむすびつけられたのだ。
わたしの生活の盛りは、空気をこえ、
万象をこえ、水色の奥秘へひびく時である。


  憂はわたしを護る

憂はわたしをまもる。
のびやかに此心がをどつてゆくときでも、
また限りない瞑想の朽廃へおちいるときでも、
きつと わたしの憂はわたしの弱い身体(からだ)を中庸の微韻のうちに保つ。
ああ お前よ、鳩の毛並のやうにやさしくふるへる憂よ、
さあ お前の好きな五月がきた。
たんぽぽの実のしろくはじけてとぶ五月がきた。
お前は この光のなかに悲しげに浴(ゆあ)みして
世界のすべてを包む恋を探せ。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:38 am

  河原の沙のなかから

河原の沙のなかから
夕映の花のなかへ むつくりとした円いものがうかびあがる。
それは貝でもない、また魚でもない、
胴からはなれて生きるわたしの首の幻だ。
わたしの首はたいへん年をとつて
ぶらぶらとらちもない独りあるきがしたいのだらう。
やさしくそれを看(み)とりしてやるものもない。
わたしの首は たうとう風に追はれて、月見草のくさむらへまぎれこんだ。


  仮面の上の草

そこをどいてゆけ。
あかい肉色の仮面のうへに生えた雑草は
びよびよとしてあちらのはうへなびいてゐる。
毒鳥の嘴(くちばし)にほじられ、
髪をながくのばした怪異の托僧は こつねんとして姿をあらはした。
ぐるぐると身をうねらせる忍辱は
黒いながい舌をだして身ぶるひをする。
季節よ、人間よ、
おまへたちは横にたふれろ、
あやしい火はばうばうともえて、わたしの進路にたちふさがる。
そこをどいてゆけ、
わたしは神のしろい手をもとめるのだ。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:38 am

  香炉の秋

むらがる鳥よ、
むらがる木(こ)の葉よ、
ふかく、こんとんと冥護(めいご)の谷底へおちる。
あたまをあげよ、
さやさやとかける秋は いましも伸びてきて、
おとろへた人人のために
音(ね)をうつやうな香炉をたく。
ああ 凋滅(てうめつ)のまへにさきだつこゑは
無窮の美をおびて境界をこえ、
白い木馬にまたがつてこともなくゆきすぎる。


  創造の草笛

あなたはしづかにわたしのまはりをとりまいてゐる。
わたしが くらい底のない闇につきおとされて、
くるしさにもがくとき、
あなたのひかりがきらきらとかがやく。
わたしの手をひきだしてくれるものは、
あなたの心のながれよりほかにはない。
朝露のやうにすずしい言葉をうむものは、
あなたの身ぶりよりほかにはない。
あなたは、いつもいつもあたらしい創造の草笛である。
水のおもてをかける草笛よ、
また とほくのはうへにげてゆく草笛よ、
しづかにかなしくうたつてくれ。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:39 am

  球形の鬼

あつまるものをよせあつめ、
ぐわうぐわうと鳴るひとつの箱のなかに、
やうやく眼をあきかけた此世の鬼は
うすいあま皮(かは)に包まれたままでわづかに息(いき)をふいてゐる。
香具をもたらしてゆく虚妄の妖艶、
さんさんと鳴る銀と白蝋の燈架のうへのいのちは、
ひとしく手をたたいて消えんことをのぞんでゐる。
みよ、みよ、
世界をおしかくす赤(あか)いふくらんだ大足(おほあし)は
夕焼のごとく影をあらはさうとする。
ああ、力(ちから)と闇(やみ)とに満ちた球形(きうけい)の鬼(おに)よ、
その鳴りひびく胎期の長くあれ、長くあれ。


  ふくろふの笛

とびちがふ とびちがふ暗闇(くらやみ)のぬけ羽(ば)の手、
その手は丘をひきよせてみだれる。
そしてまた 死の輪飾りを
薔薇のつぼみのやうなお前のやはらかい肩へおくるだらう。
おききなさい、
今も今とて ふくろふの笛は足ずりをして
あをいけむりのなかにうなだれるお前のからだを
とほくへ とほくへと追ひのける。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:39 am

  くちなし色の車

つらなつてくる車のあとに また車がある。
あをい背旗(せばた)をたてならべ、
どこへゆくのやら若い人たちがくるではないか、
しやりしやりと鳴るあらつちのうへを
うれひにのべられた小砂利(こじやり)のうへを
笑顔しながら羽ぶるひをする人たちがゆく。
さうして、くちなし色の車のかずが
河豚(ふぐ)のやうな闇のなかにのまれた。


  春のかなしみ

かなしみよ、
なんともいへない 深いふかい春のかなしみよ、
やせほそつた幹(みき)に春はたうとうふうはりした生きもののかなしみをつけた。
のたりのたりした海原のはてしないとほくの方へゆくやうに
ああ このとめどもない悔恨のかなしみよ、
温室のなかに長いもすそをひく草のやうに
かなしみはよわよわしい頼(たよ)り気をなびかしてゐる。
空想の階段にうかぶ鳩の足どりに
かなしみはだんだんに虚無の宮殿にちかよつてゆく。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:39 am

  輝く城のなかへ

みなとを出る船は黄色い帆をあげて去つた。
嘴(くちばし)は木の葉の群をささやいて
海の鳥はけむりを焚いてゐる。
磯辺の草は亡霊の影をそだてて、
わきかへるうしほのなかへわたしは身をなげる。
わたしの身にからまる魚のうろこをぬいで、
泥土に輝く城のなかへ。


  銀の足鐶
   ――死人の家をよみて――

囚徒らの足にはまばゆい銀のくさりがついてゐる。
そのくさりの鐶(くわん)は しづかにけむる如く
呼吸をよび 嘆息をうながし、
力をはらむ鳥の翅(つばさ)のやうにささやきを起して、
これら 憂愁にとざされた囚徒らのうへに光をなげる。
くらく いんうつに見える囚徒らの日常のくさむらをうごかすものは、
その、感触のなつかしく 強靱なる銀の足鐶(あしわ)である。
死滅のほそい途(みち)に心を向ける これらバラツクのなかの人人は
おそろしい空想家である。
彼等は精彩ある巣をつくり、雛(ひな)をつくり、
海をわたつてとびゆく候鳥である。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:40 am

  ひろがる肉体

わたしのこゑはほら貝のやうにとほくひろがる。
わたしはじぶんの腹をおさへてどしどしとあるくと、
日光は緋のきれのやうにとびちり、
空気はあをい胎壁(たいへき)の息のやうに泡をわきたたせる。
山や河や丘や野や、すべてひとつのけものとなつてわたしにつきしたがふ。
わたしの足は土となつてひろがり
わたしのからだは香(にほひ)となつてひろがる。
いろいろの法規は屑肉(くづにく)のやうにわたしのゑさとなる。
かくして、わたしはだんまりのほら貝のうちにかくれる。
つんぼの月、めくらの月、
わたしはまだ滅しつくさなかつた。


  躁忙

ひややかな火のほとりをとぶ虫のやうに
くるくるといらだち、をののき、おびえつつ、さわがしい私よ
野をかける仔牛のおどろき、
あかくもえあがる雲の真下に慟哭をつつんでかける毛なみのうつくしい仔牛のむれ。
鉤(はり)を産む風は輝く宝石のごとく私をおさへてうごかさない。
底のない、幽谷の闇の曙(あけぼの)にめざめて偉大なる茫漠の胞衣(えな)をむかへる。
つよい海風のやうに烈しい身づくろひした接吻をのぞんでも、
すべて手だてなきものは欺騙者の香餌である。
わたしの躁忙は海の底に
さわがしい太鼓をならしてゐる。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:40 am

  老人

わたしのそばへきて腰をかけた、
ほそい杖にたよつてそうつと腰をかけた。
老人はわたしの眼をみてゐた。
たつたひとつの光がわたしの背にふるへてゐた。
奇蹟のおそはれのやうに
わらひはじめると、
その口がばかにおほきい。
おだやかな日和(ひより)はながれ、
わたしの身がけむりになつてしまふかとおもふと、
老人は白いひげをはやした蟹のやうにみえた。


  白い髯をはやした蟹

おまへはね、しろいひげをはやした蟹だよ、
なりが大きくつて、のさのさとよこばひをする。
幻影をしまつておくうねりまがつた迷宮のきざはしのまへに、
何年といふことなくねころんでゐる。
さまざまな行列や旗じるしがお前のまへをとほつていつたけれど、
そんなものには眼もくれないで、
おまへは自分ひとりの夢をむさぼりくつてゐる。
ふかい哄笑がおまへの全身をひたして、
それがだんだんしづんでゆき、
地軸のひとつの端(はし)にふれたとき、
むらさきの光をはなつ太陽が世界いちめんにひろがつた。
けれどもおまへはおなじやうにふくろふの羽ばたく昼にかくれて、
なまけくさつた手で風琴をひいてゐる。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:40 am

  みどりの狂人

そらをおしながせ、
みどりの狂人よ。
とどろきわたる藍色の蟇 2-05-68嫉(ばうしつ)のいけすのなかにはねまはる羽(はね)のある魚は、
さかさまにつつたちあがつて、
歯をむきだしていがむ。
いけすはばさばさとゆれる、
魚は眼をたたいてとびださうとする。
風と雨との自由をもつ、ながいからだのみどりの狂人よ、
おまへのからだが、むやみとほそくながくのびるのは、
どうしたせゐなのだ。
いや……魚がはねるのがきこえる。
おまへは、ありたけのちからをだして空をおしながしてしまへ。


  よれからむ帆

ひとつは黄色い帆、
ひとつは赤い帆、
もうひとつはあをい帆だ。
その三つの帆はならんで、よれあひながら沖あひさしてすすむ。
それはとほく海のうへをゆくやうであるが、
じつはだんだん空のなかへまきあがつてゆくのだ。
うみ鳥のけたたましいさけびがそのあひだをとぶ。
これらの帆ぬのは、
人間の皮をはいでこしらへたものだから、
どうしても、内側へまきこんできて、
おひての風を布(ぬの)いつぱいにはらまないのだ。
よれからむ生皮(いきがは)の帆布は翕然(きふぜん)としてひとつの怪像となる。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:41 am

  死の行列

こころよく すきとほる死の透明なよそほひをしたものものが
さらりさらり なんのさはるおともなく、
地をひきずるおともなく、
けむりのうへを匍(は)ふ青いぬれ色のたましひのやうに
しめつた唇をのがれのがれゆく。


  名も知らない女へ

名も知らない女よ、
おまへの眼にはやさしい媚がとがつてゐる、
そして その瞳は小魚のやうにはねてゐる、
おまへのやはらかな頬は
ふつくりとして色とにほひの住処(すみか)、
おまへのからだはすんなりとして
手はいきもののやうにうごめく。
名もしらない女よ、
おまへのわけた髪の毛は
うすぐらく、なやましく、
ゆふべの鐘のねのやうにわたしの心にまつはる。
「ねえおつかさん、
あたし足がかつたるくつてしやうがないわ」
わたしはまだそのこゑをおぼえてゐる。
うつくしい うつくしい名もしらない女よ
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:41 am

  黄色い馬

そこからはかげがさし、
ゆふひは帯をといてねころぶ。
かるい羽のやうな耳は風にふるへて、
黄色い毛並(けなみ)の馬は馬銜(はみ)をかんで繋(つな)がれてゐる。
そして、パンヤのやうにふはふはと舞ひたつ懶惰(らんだ)は
その馬の繋木(つなぎ)となつてうづくまり、
しき藁(わら)のうへによこになれば、
しみでる汗は祈祷の糧(かて)となる。


  朱の揺椅子

岡をのぼる人よ、
野をたどる人よ、
さてはまた、とびらをとぼとぼとたたく人よ
春のひかりがゆれてくるではないか。
わたしたちふたりは
朱と金との揺椅子(ゆりいす)のうへに身をのせて、
このベエルのやうな氛気(ふんき)とともに、かろくかろくゆれてみよう、
あの温室にさくふうりん草(さう)のくびのやうに。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:41 am

  法性のみち

わたしはきものをぬぎ、
じゆばんをぬいで、
りんごの実のやうなはだかになつて、
ひたすらに法性(ほふしやう)のみちをもとめる。
わたしをわらふあざけりのこゑ、
わたしをわらふそしりのこゑ、
それはみなてる日にむされたうじむしのこゑである。
わたしのからだはほがらかにあけぼのへはしる。
わたしのあるいてゆく路のくさは
ひとつひとつをとめとなり、
手をのべてはわたしの足をだき、
唇をだしてはわたしの膝をなめる。
すずしくさびしい野辺のくさは、
うつくしいをとめとなつて豊麗なからだをわたしのまへにさしのべる。
わたしの青春はけものとなつてもえる。


  金属の耳

わたしの耳は
金糸(きんし)のぬひはくにいろづいて、
鳩のにこ毛のやうな痛みをおぼえる。
わたしの耳は
うすぐろい妖鬼の足にふみにじられて、
石綿(いしわた)のやうにかけおちる。
わたしの耳は
祭壇のなかへおひいれられて、
そこに印呪をむすぶ金物(かなもの)の像となつた。
わたしの耳は
水仙の風のなかにたつて、
物の招きにさからつてゐる。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:42 am

  妬心の花嫁

このこころ、
つばさのはえた、角(つの)の生えたわたしの心は、
かぎりなくも温熱(をんねつ)の胸牆(きようしやう)をもとめて、
ひたはしりにまよなかの闇をかける。
をんなたちの放埓(はうらつ)はこの右の手のかがみにうつり、
また疾走する吐息のかをりはこの左の手のつるぎをふるはせる。
妖気の美僧はもすそをひいてことばをなげき、
うらうらとして銀鈴の魔をそよがせる。
ことなれる二つの性は大地のみごもりとなつて、
谷間に老樹(らうじゆ)をうみ、
野や丘にはひあるく二尾(ふたを)の蛇をうむ。


  蛙にのつた死の老爺

灰色の蛙の背中にのつた死が、
まづしいひげをそよがせながら、
そしてわらひながら、
手をさしまねいてやつてくる。
その手は夕暮をとぶ蝙蝠のやうだ。
年をとつた死は
蛙のあゆみののろいのを気にもしないで、
ふはふはとのつかつてゐる。
その蛙は横からみると金色(きんいろ)にかがやいてゐる、
まへからみると二つの眼がとびでて黒くひかつてゐる。
死の顔はしろく、そして水色にすきとほつてゐる。
死の老爺(おやぢ)はこんな風にして、ぐるりぐるりと世界のなかをめぐつてゐる。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:42 am

  日輪草

そらへのぼつてゆけ、
心のひまはり草(さう)よ、
きんきんと鈴をふりならす階段をのぼつて、
おほぞらの、あをいあをいなかへはひつてゆけ、
わたしの命(いのち)は、そこに芽をふくだらう。
いまのわたしは、くるしいさびしい悪魔の羂(わな)につつまれてゐる。
ひまはり草よ、
正直なひまはり草よ、
鈴のねをたよりにのぼつてゆけ、のぼつてゆけ、
空をまふ魚(うを)のうろこの鏡は、
やがておまへの姿をうつすだらう。


  ふくらんだ宝玉

ある夕方、一疋のおほきな蝙蝠が、
するどい叫びをだしてかけまはつた。
茶と青磁との空は
大口をあいてののしり、
おもい憎悪をしたたらし、
ふるい樹のうつろのやうに蝙蝠の叫びを抱きかかへた。
わたしは眺めると、
あなたこなたに、ふさふさとした神のしろい髪がたれてゐた。
幻影のやうにふくらんだ宝玉は、
水蛭(みづびる)のやうにうごめいて、
おたがひの身をすりつけた。
ふくらんだ宝玉はおひおひにわたしの脳をかたちづくつた。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:42 am

  足をみがく男

わたしは足をみがく男である。
誰のともしれない、しろいやはらかな足をみがいてゐる。
そのなめらかな甲の手ざはりは、
牡丹の花のやうにふつくりとしてゐる。
わたしのみがく桃色のうつくしい足のゆびは、
息のあるやうにうごいて、
わたしのふるへる手は涙をながしてゐる。
もう二度とかへらないわたしの思ひは、
ひばりのごとく、自由に自由にうたつてゐる。
わたしの生の祈りのともしびとなつてもえる見知らぬ足、
さわやかな風のなかに、いつまでもそのままにうごいてをれ。


  むらがる手

空はかたちもなくくもり、
ことわりもないわたしのあたまのうへに、
錨(いかり)をおろすやうにあまたの手がむらがりおりる。
街のなかを花とふりそそぐ亡霊のやうに、
ひとしづくの胚珠(はいしゆ)をやしなひそだてて、
ほのかなる小径の香(か)をさがし、
もつれもつれる手の愛にわたしのあたまは野火のやうにもえたつ。
しなやかに、しろくすずしく身ぶるひをする手のむれは、
今わたしのあたまのなかの王座をしめて相姦(さうかん)する。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:43 am

  怪物

からだは翁草(おきなぐさ)の髪のやうに亜麻色の毛におほはれ、
顔は三月の女鴉(をんなからす)のやうに憂欝にしづみ、
四つの足ではひながらも
ときどきうすい爪でものをかきむしる。
そのけものは ひくくうめいて寝ころんだ。
曇天の日没は銀のやうにつめたく火花をちらし、
けもののかたちは 黒くおそろしくなつて、
微風とともにかなたへあゆみさつた。


  花をひらく立像

手をあはせていのります。
もののまねきはしづかにおとづれます。
かほもわかりません、
髪のけもわかりません、
いたいたしく、ひとむれのにほひを背おうて、
くらいゆふぐれの胸のまへに花びらをちらします。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:43 am

  めくらの蛙

闇のなかに叫びを追ふものがあります。
それはめくらの蛙です。
ほのぼのとたましひのほころびを縫ふこゑがします。

あたまをあげるものは夜(よる)のさかづきです。
くちなし色の肉を盛(も)る夜のさかづきです。
それはなめらかにうたふ白磁のさかづきです。

蛙の足はびつこです。
蛙のおなかはやせてゐます。
蛙の眼はなみだにきずついてゐます。


  つめたい春の憂欝

にほひ袋をかくしてゐるやうな春の憂欝よ、
なぜそんなに わたしのせなかをたたくのか、
うすむらさきのヒヤシンスのなかにひそむ憂欝よ、
なぜそんなに わたしの胸をかきむしるのか、
ああ、あの好きなともだちはわたしにそむかうとしてゐるではないか、
たんぽぽの穂のやうにみだれてくる春の憂欝よ、
象牙のやうな手でしなをつくるやはらかな春の憂欝よ、
わたしはくびをかしげて、おまへのするままにまかせてゐる。
つめたい春の憂欝よ、
なめらかに芽生えのうへをそよいでは消えてゆく
かなしいかなしいおとづれ。
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帖子 由 zhcmz 周一 三月 24, 2008 5:44 am

  ヒヤシンスの唄

ヒヤシンス、ヒヤシンス、
四月になつて、わたしの眠りをさましてくれる石竹色のヒヤシンス、
気高い貴公子のやうなおもざしの青白色のヒヤシンスよ、
さては、なつかしい姉のやうにわたしの心を看(み)まもつてくれる紫のおほきいヒヤシンスよ、
とほくよりクレーム色に塗つた小馬車をひきよせる魔術師のヒヤシンスよ、
そこには、白い魚のはねるやうな鈴が鳴る。
たましひをあたためる銀の鈴が鳴る。
わたしを追ひかけるヒヤシンスよ、
わたしはいつまでも、おまへの眼のまへに逃げてゆかう。
波のやうにとびはねるヒヤシンスよ、
しづかに物思ひにふけるヒヤシンスよ。


  母韻の秋

ながれるものはさり、
ひびくものはうつり、
ささやきとねむりとの大きな花たばのほとりに
しろ毛のうさぎのやうにおどおどとうづくまり、
宝石のやうにきらめく眼をみはつて
わたしはかぎりなく大空のとびらをたたく。
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