藍色の蟇
回复: 藍色の蟇
湿気の小馬
かなしいではありませんか。
わたしはなんとしてもなみだがながれます。
あの うすいうすい水色をした角をもつ、
小馬のやさしい背にのつて、
わたしは山しぎのやうにやせたからだをまかせてゐます。
わたしがいつも愛してゐるこの小馬は、
ちやうどわたしの心が、はてしないささめ雪のやうにながれてゆくとき、
どこからともなく、わたしのそばへやつてきます。
かなしみにそだてられた小馬の耳は、
うゐきやう色のつゆにぬれ、
かなしみにつつまれた小馬の足は
やはらかな土壌の肌にねむつてゐる。
さうして、かなしみにさそはれる小馬のたてがみは、
おきなぐさの髪のやうにうかんでゐる。
かるいかるい、枯草のそよぎにも似る小馬のすすみは、
あの、ぱらぱらとうつ Timbale(タンバアル) のふしのねにそぞろなみだぐむ。
森のうへの坊さん
坊さんがきたな、
くさいろのちひさなかごをさげて。
鳥のやうにとんできた。
ほんとに、まるで鴉(からす)のやうな坊さんだ、
なんかの前じらせをもつてくるやうな、ぞつとする坊さんだ。
わらつてゐるよ。
あのうすいくちびるのさきが、
わたしの心臓へささるやうな気がする。
坊さんはとんでいつた。
をんなのはだかをならべたやうな
ばかにしろくみえる森のうへに、
ひらひらと紙のやうに坊さんはとんでいつた。
かなしいではありませんか。
わたしはなんとしてもなみだがながれます。
あの うすいうすい水色をした角をもつ、
小馬のやさしい背にのつて、
わたしは山しぎのやうにやせたからだをまかせてゐます。
わたしがいつも愛してゐるこの小馬は、
ちやうどわたしの心が、はてしないささめ雪のやうにながれてゆくとき、
どこからともなく、わたしのそばへやつてきます。
かなしみにそだてられた小馬の耳は、
うゐきやう色のつゆにぬれ、
かなしみにつつまれた小馬の足は
やはらかな土壌の肌にねむつてゐる。
さうして、かなしみにさそはれる小馬のたてがみは、
おきなぐさの髪のやうにうかんでゐる。
かるいかるい、枯草のそよぎにも似る小馬のすすみは、
あの、ぱらぱらとうつ Timbale(タンバアル) のふしのねにそぞろなみだぐむ。
森のうへの坊さん
坊さんがきたな、
くさいろのちひさなかごをさげて。
鳥のやうにとんできた。
ほんとに、まるで鴉(からす)のやうな坊さんだ、
なんかの前じらせをもつてくるやうな、ぞつとする坊さんだ。
わらつてゐるよ。
あのうすいくちびるのさきが、
わたしの心臓へささるやうな気がする。
坊さんはとんでいつた。
をんなのはだかをならべたやうな
ばかにしろくみえる森のうへに、
ひらひらと紙のやうに坊さんはとんでいつた。
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草の葉を追ひかける眼
ふはふはうかんでゐる
くさのはを、
おひかけてゆくわたしのめ。
いつてみれば、そこにはなんにもない。
ひよりのなかにたつてゐるかげろふ。
おてらのかねのまねをする
のろいのろい風(かざ)あし。
ああ くらい秋だねえ、
わたしのまぶたに霧がしみてくる。
きれをくびにまいた死人
ふとつてゐて、
ぢつとつかれたやうにものをみつめてゐる顔、
そのかほもくびのまきものも、
すてられた果実(くだもの)のやうにものうくしづまり、
くさかげろふのやうなうすあをい息にぬれてゐる。
ながれる風はとしをとり、
そのまぼろしは大きな淵にむかへられて、
いつとなくしづんでいつた。
さうして あとには骨だつた黒いりんかくがのこつてゐる。
ふはふはうかんでゐる
くさのはを、
おひかけてゆくわたしのめ。
いつてみれば、そこにはなんにもない。
ひよりのなかにたつてゐるかげろふ。
おてらのかねのまねをする
のろいのろい風(かざ)あし。
ああ くらい秋だねえ、
わたしのまぶたに霧がしみてくる。
きれをくびにまいた死人
ふとつてゐて、
ぢつとつかれたやうにものをみつめてゐる顔、
そのかほもくびのまきものも、
すてられた果実(くだもの)のやうにものうくしづまり、
くさかげろふのやうなうすあをい息にぬれてゐる。
ながれる風はとしをとり、
そのまぼろしは大きな淵にむかへられて、
いつとなくしづんでいつた。
さうして あとには骨だつた黒いりんかくがのこつてゐる。
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手のきずからこぼれる花
手のきずからは
みどりの花がこぼれおちる。
わたしのやはらかな手のすがたは物語をはじめる。
なまけものの風よ、
ものぐさなしのび雨よ、
しばらくのあひだ、
このまつしろなテエブルのまはりにすわつてゐてくれ、
わたしの手のきずからこぼれるみどりの花が、
みんなのひたひに心持よくあたるから。
年寄の馬
わたしは手でまねいた、
岡のうへにさびしくたつてゐる馬を、
岡のうへにないてゐる年寄の馬を。
けむりのやうにはびこる憂欝、
はりねずみのやうに舞ふ苦悶、
まつかに焼けただれたたましひ、
わたしはむかうの岡のうへから、
やみつかれた年寄の馬をつれてこようとしてゐる。
やさしい老馬よ、
おまへの眼のなかにはあをい水草(すゐさう)のかげがある。
そこに、まつしろなすきとほる手をさしのべて、
水草のかげをぬすまうとするものがゐる。
手のきずからは
みどりの花がこぼれおちる。
わたしのやはらかな手のすがたは物語をはじめる。
なまけものの風よ、
ものぐさなしのび雨よ、
しばらくのあひだ、
このまつしろなテエブルのまはりにすわつてゐてくれ、
わたしの手のきずからこぼれるみどりの花が、
みんなのひたひに心持よくあたるから。
年寄の馬
わたしは手でまねいた、
岡のうへにさびしくたつてゐる馬を、
岡のうへにないてゐる年寄の馬を。
けむりのやうにはびこる憂欝、
はりねずみのやうに舞ふ苦悶、
まつかに焼けただれたたましひ、
わたしはむかうの岡のうへから、
やみつかれた年寄の馬をつれてこようとしてゐる。
やさしい老馬よ、
おまへの眼のなかにはあをい水草(すゐさう)のかげがある。
そこに、まつしろなすきとほる手をさしのべて、
水草のかげをぬすまうとするものがゐる。
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鼻を吹く化粧の魔女
水仙色のそら、
あたらしい智謀と霊魂とをそだてる暮方(くれがた)の空のなかに、
こころよく水色にもえる眼鏡、
その眼鏡にうつる向うのはうに
豊麗な肉体を持つ化粧の女、
しなやかに ぴよぴよとなくやうな女のからだ、
ほそい にほはしい線のゆらめくたびに、
ぴよぴよとなまめくこゑの鳴くやうなからだ、
ねばねばしたまぼろしと
つめたくひかる放埓とが、
くつきりとからみついて、
あをくしなしなと透明にみえる女のからだ、
ものごしの媚びるにつれて、
ものかげの夜の鳥のやうに、
ぴよぴよと鳴くやうな女のからだ、
やさしいささやきを売る女の眼、
雨のやうに情念をけむらせる女の指、
闇のなかに高い香料をなげちらす女の足の爪、
濃化粧の魔女のはく息は、
ゆるやかに輪をつくつて、
わたしのつかれた眼をなぐさめる。
あをざめた僧形の薔薇の花
もえあがるやうにあでやかなほこりをつつみ、
うつうつとしてあゆみ、
うつうつとしてわらつてゐた
僧形(そうぎやう)のばらの花、
女の肌にながれる乳色のかげのやうに
うづくまり たたずみ うろうろとして、
とかげの尾のなるひびきにもにて、
おそろしいなまめきをひらめかしてうかがひよる。
すべてしろいもののなかに
かくれふしてゆく僧形(そうぎやう)のばらの花、
ただれる憂欝、
くされ とけてながれる悩乱の花束、
美貌の情欲、
くろぐろとけむる叡智(えいち)の犬、
わたしの両手はくさりにつながれ、
ほそいうめきをたててゐる。
わたしのまへをとほるのは、
うつくしくあをざめた僧形(そうぎやう)のばらの花、
ひかりもなく つやもなく もくもくとして、
とほりすぎるあをざめたばらの花。
わたしのふたつの手は
くさりとともにさらさらと鳴つてゐる。
水仙色のそら、
あたらしい智謀と霊魂とをそだてる暮方(くれがた)の空のなかに、
こころよく水色にもえる眼鏡、
その眼鏡にうつる向うのはうに
豊麗な肉体を持つ化粧の女、
しなやかに ぴよぴよとなくやうな女のからだ、
ほそい にほはしい線のゆらめくたびに、
ぴよぴよとなまめくこゑの鳴くやうなからだ、
ねばねばしたまぼろしと
つめたくひかる放埓とが、
くつきりとからみついて、
あをくしなしなと透明にみえる女のからだ、
ものごしの媚びるにつれて、
ものかげの夜の鳥のやうに、
ぴよぴよと鳴くやうな女のからだ、
やさしいささやきを売る女の眼、
雨のやうに情念をけむらせる女の指、
闇のなかに高い香料をなげちらす女の足の爪、
濃化粧の魔女のはく息は、
ゆるやかに輪をつくつて、
わたしのつかれた眼をなぐさめる。
あをざめた僧形の薔薇の花
もえあがるやうにあでやかなほこりをつつみ、
うつうつとしてあゆみ、
うつうつとしてわらつてゐた
僧形(そうぎやう)のばらの花、
女の肌にながれる乳色のかげのやうに
うづくまり たたずみ うろうろとして、
とかげの尾のなるひびきにもにて、
おそろしいなまめきをひらめかしてうかがひよる。
すべてしろいもののなかに
かくれふしてゆく僧形(そうぎやう)のばらの花、
ただれる憂欝、
くされ とけてながれる悩乱の花束、
美貌の情欲、
くろぐろとけむる叡智(えいち)の犬、
わたしの両手はくさりにつながれ、
ほそいうめきをたててゐる。
わたしのまへをとほるのは、
うつくしくあをざめた僧形(そうぎやう)のばらの花、
ひかりもなく つやもなく もくもくとして、
とほりすぎるあをざめたばらの花。
わたしのふたつの手は
くさりとともにさらさらと鳴つてゐる。
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僧衣の犬
くちぶえのとほざかる森のなかから、
はなすぢのとほつた
ひたひにしわのある犬が
のつそりとあるいてきた。
犬は人間の年寄のやうに眼をしめらせて、
ながい舌をぬるぬるとして物語つた。
この犬は、
その身にゆつくりとしたねずみいろの僧衣(そうい)をつけてゐた。
犬がながい舌をだして話しかけるとき、
ゆるやかな僧衣のすそは閑子鳥(かんこどり)のはねのやうにぱたぱたした。
あかい あかい 火のやうな空のわらひ顔、
僧衣の犬はひとこゑもほえないで黙つてゐた。
手の色の相
手の相は暴風雨(あらし)のきざはしのまへに、
しづかに物語りをはじめる。
赤はうひごと、
黄はよろこびごと、
紫は知らぬ運動の転回、
青は希望のはなれるかたち、
さうして銀と黒との手の色は、
いつはりのない狂気の道すぢを語る。
空にかけのぼるのは銀とひわ色のまざつた色、
あぢさゐ色のぼやけた手は扉にたつ黄金の王者、
ふかくくぼんだ手のひらに、
星かげのやうなまだらを持つのは死の予言、
栗色の馬の毛のやうな艶(つや)つぽい手は、
あたらしい偽善(ぎぜん)に耽る人である。
ああ、
どこからともなくわたしをおびやかす
ふるへをののく青銅の鐘のこゑ。
くちぶえのとほざかる森のなかから、
はなすぢのとほつた
ひたひにしわのある犬が
のつそりとあるいてきた。
犬は人間の年寄のやうに眼をしめらせて、
ながい舌をぬるぬるとして物語つた。
この犬は、
その身にゆつくりとしたねずみいろの僧衣(そうい)をつけてゐた。
犬がながい舌をだして話しかけるとき、
ゆるやかな僧衣のすそは閑子鳥(かんこどり)のはねのやうにぱたぱたした。
あかい あかい 火のやうな空のわらひ顔、
僧衣の犬はひとこゑもほえないで黙つてゐた。
手の色の相
手の相は暴風雨(あらし)のきざはしのまへに、
しづかに物語りをはじめる。
赤はうひごと、
黄はよろこびごと、
紫は知らぬ運動の転回、
青は希望のはなれるかたち、
さうして銀と黒との手の色は、
いつはりのない狂気の道すぢを語る。
空にかけのぼるのは銀とひわ色のまざつた色、
あぢさゐ色のぼやけた手は扉にたつ黄金の王者、
ふかくくぼんだ手のひらに、
星かげのやうなまだらを持つのは死の予言、
栗色の馬の毛のやうな艶(つや)つぽい手は、
あたらしい偽善(ぎぜん)に耽る人である。
ああ、
どこからともなくわたしをおびやかす
ふるへをののく青銅の鐘のこゑ。
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鈴蘭の香料
みどりのくものなかにすむ魚(うを)のあしおと、
過去のとびらに名残の接吻(ベエゼ)をするみだれ髪、
うきあがる紫紺(しこん)のつばさ、
思ひにふける女鳥(をんなどり)はよろめいた。
まつさをな鉤(かぎ)をひらめかし、
とほくたましひの宿をさそふ女鳥(をんなどり)、
もやもやとしたなやましいおまへの言葉の好ましさ、
しろい月のやうにわたしのからだをとりまくおまへのことば、
霧のこい夏の夜(よ)のけむりのやうに、
つよくつよくからみつく香(にほひ)のことばは、
わたしのからだにしなしなとふるへついてゐる。
香料の墓場
けむりのなかに、
霧のなかに、
うれひをなげすてる香料の墓場、
幻想をはらむ香料の墓場、
その墓場には鳥の生(い)き羽(ばね)のやうに亡骸(なきがら)の言葉がにほつてゐる。
香料の肌のぬくみ、
香料の骨のきしめき、
香料の息のときめき、
香料のうぶ毛のなまめき、
香料の物言ひぶりのあだつぽさ、
香料の身振りのながしめ、
香料の髪のふくらみ、
香料の眼にたまる有情(うじやう)の涙、
雨のやうにとつぷりと濡れた香料の墓場から、
いろめくさまざまの姿はあらはれ、
すたれゆく生物(いきもの)のほのほはもえたち、
出家した女の移り香をただよはせ、
過去へとびさる小鳥の羽(はね)をつらぬく。
みどりのくものなかにすむ魚(うを)のあしおと、
過去のとびらに名残の接吻(ベエゼ)をするみだれ髪、
うきあがる紫紺(しこん)のつばさ、
思ひにふける女鳥(をんなどり)はよろめいた。
まつさをな鉤(かぎ)をひらめかし、
とほくたましひの宿をさそふ女鳥(をんなどり)、
もやもやとしたなやましいおまへの言葉の好ましさ、
しろい月のやうにわたしのからだをとりまくおまへのことば、
霧のこい夏の夜(よ)のけむりのやうに、
つよくつよくからみつく香(にほひ)のことばは、
わたしのからだにしなしなとふるへついてゐる。
香料の墓場
けむりのなかに、
霧のなかに、
うれひをなげすてる香料の墓場、
幻想をはらむ香料の墓場、
その墓場には鳥の生(い)き羽(ばね)のやうに亡骸(なきがら)の言葉がにほつてゐる。
香料の肌のぬくみ、
香料の骨のきしめき、
香料の息のときめき、
香料のうぶ毛のなまめき、
香料の物言ひぶりのあだつぽさ、
香料の身振りのながしめ、
香料の髪のふくらみ、
香料の眼にたまる有情(うじやう)の涙、
雨のやうにとつぷりと濡れた香料の墓場から、
いろめくさまざまの姿はあらはれ、
すたれゆく生物(いきもの)のほのほはもえたち、
出家した女の移り香をただよはせ、
過去へとびさる小鳥の羽(はね)をつらぬく。
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香料の顔寄せ
とびたつヒヤシンスの香料、
おもくしづみゆく白ばらの香料、
うづをまくシネラリヤのくさつた香料、
夜(よる)のやみのなかにたちはだかる月下香(テユペルウズ)の香料、
身にしみじみと思ひにふける伊太利の黒百合の香料、
はなやかな著物をぬぎすてるリラの香料、
泉のやうに涙をふりおとしてひざまづくチユウリツプの香料、
年の若さに遍路(へんろ)の旅にたちまよふアマリリスの香料、
友もなくひとりびとりに恋にやせるアカシヤの香料、
記憶をおしのけて白いまぼろしの家をつくる糸杉(シプレ)の香料、
やさしい肌をほのめかして人の心をときめかす鈴蘭の香料。
舞ひあがる犬
その鼻をそろへ、
その肩をそろへ、
おうおうとひくいうなりごゑに身をしづませる二疋(ひき)の犬。
そのせはしい息をそろへ、
その眼は赤くいちごのやうにふくらみ、
さびしさにおうおうとふるへる二ひきの犬。
沼のぬくみのうちにほころびる水草(すゐさう)の肌のやうに、
なんといふなめらかさを持つてゐることだらう、
つやつやと月夜のやうにあかるい毛なみよ、
さびしさにくひしばる犬は
おうおうとをののきなきさけんで、
ほの黄色い夕闇(ゆふやみ)のなかをまひあがるのだ。
しろい爪をそろへて、
ふたつの犬はよぢのぼる蔓草(つるくさ)のやうに
ほのきいろい夕闇の無言のなかへまひあがるのだ。
そのくるしみをかはしながら、
さだめない大空のなかへゆくふたつの犬よ、
やせた肩をごらん、
ほそいしつぽをごらん、
おまへたちもやつぱりたえまなく消えてゆくものの仲間だ。
ほのきいろい夕空のなかへ、
ふたつのものはくるしみをかはしながらのぼつてゆく。
とびたつヒヤシンスの香料、
おもくしづみゆく白ばらの香料、
うづをまくシネラリヤのくさつた香料、
夜(よる)のやみのなかにたちはだかる月下香(テユペルウズ)の香料、
身にしみじみと思ひにふける伊太利の黒百合の香料、
はなやかな著物をぬぎすてるリラの香料、
泉のやうに涙をふりおとしてひざまづくチユウリツプの香料、
年の若さに遍路(へんろ)の旅にたちまよふアマリリスの香料、
友もなくひとりびとりに恋にやせるアカシヤの香料、
記憶をおしのけて白いまぼろしの家をつくる糸杉(シプレ)の香料、
やさしい肌をほのめかして人の心をときめかす鈴蘭の香料。
舞ひあがる犬
その鼻をそろへ、
その肩をそろへ、
おうおうとひくいうなりごゑに身をしづませる二疋(ひき)の犬。
そのせはしい息をそろへ、
その眼は赤くいちごのやうにふくらみ、
さびしさにおうおうとふるへる二ひきの犬。
沼のぬくみのうちにほころびる水草(すゐさう)の肌のやうに、
なんといふなめらかさを持つてゐることだらう、
つやつやと月夜のやうにあかるい毛なみよ、
さびしさにくひしばる犬は
おうおうとをののきなきさけんで、
ほの黄色い夕闇(ゆふやみ)のなかをまひあがるのだ。
しろい爪をそろへて、
ふたつの犬はよぢのぼる蔓草(つるくさ)のやうに
ほのきいろい夕闇の無言のなかへまひあがるのだ。
そのくるしみをかはしながら、
さだめない大空のなかへゆくふたつの犬よ、
やせた肩をごらん、
ほそいしつぽをごらん、
おまへたちもやつぱりたえまなく消えてゆくものの仲間だ。
ほのきいろい夕空のなかへ、
ふたつのものはくるしみをかはしながらのぼつてゆく。
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林檎料理
手にとつてみれば
ゆめのやうにきえうせる淡雪(あはゆき)りんご、
ネルのきものにつつまれた女のはだのやうに
ふうはりともりあがる淡雪りんご、
舌のとけるやうにあまくねばねばとして
嫉妬のたのしい心持にも似た淡雪りんご、
まつしろい皿のうへに
うつくしくもられて泡をふき、
香水のしみこんだ銀のフオークのささるのを待つてゐる。
とびらをたたく風のおとのしめやかな晩、
さみしい秋の
林檎料理のなつかしさよ。
まるい鳥
をんなはまるい線をゑがいて
みどりのふえをならし、
をんなはまるい線をひいて
とりのはねをとばせる。
をんなはまるい線をふるはせて
あまいにがさをふりこぼす。
をんなは鳥だ、
をんなはまるい鳥だ。
だまつてゐながらも、
しじゆうなきごゑをにほはせる。
手にとつてみれば
ゆめのやうにきえうせる淡雪(あはゆき)りんご、
ネルのきものにつつまれた女のはだのやうに
ふうはりともりあがる淡雪りんご、
舌のとけるやうにあまくねばねばとして
嫉妬のたのしい心持にも似た淡雪りんご、
まつしろい皿のうへに
うつくしくもられて泡をふき、
香水のしみこんだ銀のフオークのささるのを待つてゐる。
とびらをたたく風のおとのしめやかな晩、
さみしい秋の
林檎料理のなつかしさよ。
まるい鳥
をんなはまるい線をゑがいて
みどりのふえをならし、
をんなはまるい線をひいて
とりのはねをとばせる。
をんなはまるい線をふるはせて
あまいにがさをふりこぼす。
をんなは鳥だ、
をんなはまるい鳥だ。
だまつてゐながらも、
しじゆうなきごゑをにほはせる。
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白い狼
白い狼が
わたしの背中でほえてゐる。
白い狼が
わたしの胸で、わたしの腹で、
うをう うをうとほえてゐる。
こえふとつた白い狼が
わたしの腕で、わたしの股(もも)で、
ぼう ぼうとほえてゐる。
犬のやうにふとつた白い狼が
真赤な口をあいて、
なやましくほえさけびながら、
わたしのからだぢゆうをうろうろとあるいてゐる。
盲目の鴉
うすももいろの瑪瑙の香炉から
あやしくみなぎるけむりはたちのぼり、
かすかに迷ふ茶色の蛾は
そこに白い腹をみせてたふれ死ぬ。
秋はかうしてわたしたちの胸のなかへ
おともないとむらひのやうにやつてきた。
しろくわらふ秋のつめたいくもり日(び)に、
めくら鴉(がらす)は枝から枝へ啼いてあるいていつた。
裂かれたやうな眼がしらの鴉よ、
あぢさゐの花のやうにさまざまの雲をうつす鴉の眼よ、
くびられたやうに啼きだすお前のこゑは秋の木(こ)の葉をさへちぢれさせる。
お前のこゑのなかからは、
まつかなけしの花がとびだしてくる。
うすにごる青磁の皿のうへにもられた兎の肉をきれぎれに噛む心地にて、
お前のこゑはまぼろしの地面に生える雑草である。
羽根をひろげ、爪をかき、くちばしをさぐつて、
枝から枝へあるいてゆくめくら鴉は、
げえを げえを とおほごゑにしぼりないてゐる。
無限につながる闇の宮殿のなかに、
あをじろくほとばしるいなづまのやうに
めくら鴉のなきごゑは げえを げえを げえをとひびいてくる。
白い狼が
わたしの背中でほえてゐる。
白い狼が
わたしの胸で、わたしの腹で、
うをう うをうとほえてゐる。
こえふとつた白い狼が
わたしの腕で、わたしの股(もも)で、
ぼう ぼうとほえてゐる。
犬のやうにふとつた白い狼が
真赤な口をあいて、
なやましくほえさけびながら、
わたしのからだぢゆうをうろうろとあるいてゐる。
盲目の鴉
うすももいろの瑪瑙の香炉から
あやしくみなぎるけむりはたちのぼり、
かすかに迷ふ茶色の蛾は
そこに白い腹をみせてたふれ死ぬ。
秋はかうしてわたしたちの胸のなかへ
おともないとむらひのやうにやつてきた。
しろくわらふ秋のつめたいくもり日(び)に、
めくら鴉(がらす)は枝から枝へ啼いてあるいていつた。
裂かれたやうな眼がしらの鴉よ、
あぢさゐの花のやうにさまざまの雲をうつす鴉の眼よ、
くびられたやうに啼きだすお前のこゑは秋の木(こ)の葉をさへちぢれさせる。
お前のこゑのなかからは、
まつかなけしの花がとびだしてくる。
うすにごる青磁の皿のうへにもられた兎の肉をきれぎれに噛む心地にて、
お前のこゑはまぼろしの地面に生える雑草である。
羽根をひろげ、爪をかき、くちばしをさぐつて、
枝から枝へあるいてゆくめくら鴉は、
げえを げえを とおほごゑにしぼりないてゐる。
無限につながる闇の宮殿のなかに、
あをじろくほとばしるいなづまのやうに
めくら鴉のなきごゑは げえを げえを げえをとひびいてくる。
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蜘蛛のをどり
あらあらしく野のをかに歩みをはこぶ
ゆふぐれのさびれたたましひのおともないはばたき、
うすぐらいともしびのゆらめくたのしさにも似て、
さそはれる微笑の釣針のうつくしさ。
うちつける壁も扉も窓もなく、
むなしくあを空のふかみの底に身をなげ、
世紀のあをあをとながれるうれひ顔のうへに、
こともなげに、ひそかにも、
うつりゆく香料のたいまつをもやしつづけた。
いつぴきの黄色い大蜘蛛は
手品のやうにするすると糸をたれて、
そのふしぎな心の運命(さだめ)を織る。
ああ、
ゆふぐれの野のはてにひとりつぶやく太陽の
かなしくゆがんだわらひ顔、
黄色い蜘蛛はた・た・たと織りつづける。
女のやうにべつたりとしたおほきな蜘蛛は、
くたびれるのもしらないで、
足も 手も ぐるぐるする眼も
葉ずれの蘆のやうに、するどくするどくうごいてゐる。
指頭の妖怪
あをじろむ指のさきから、
小鳥がまひたつてゆく。
ぎらぎらにくもる地面の床(とこ)のうへに、
片足でおとろへはてながら、
うづまきながらのしかかつてくる。
まつくろな蛇の腹のやうな太鼓のおとが
ぼろんぼろんとなげくのだ。
わたしのあをじろむ指のさきからにげてゆく月夜の雨、
毛ばだつた秋の果物(くだもの)のやうな
ふといぬめぬめとした頸(くび)をねぢらせ、
なまめく頸をねぢらせ、
秋のこゑをつぶやき、
秋のつめたさをおさへつける。
ぼろんぼろんとやぶれた魂の糸をかきならし、
熱く、ものうく、身をかきむしつて、
さびしい秋のつめたさをおさへつける。
まがりくねつた この秋のさびしさを、
あやしくふりむけるお前のなまなましい頸のうめきに、
たよりなくもとほざけるのだ。
しろくひかる粘液をひいて、
うねりをうつお前の頸に
なげつけられた言葉の世にも稀なにほひ。
ぼろんぼろんと
わたしの遠耳にきこえてくるあやしい太鼓のおと。
あらあらしく野のをかに歩みをはこぶ
ゆふぐれのさびれたたましひのおともないはばたき、
うすぐらいともしびのゆらめくたのしさにも似て、
さそはれる微笑の釣針のうつくしさ。
うちつける壁も扉も窓もなく、
むなしくあを空のふかみの底に身をなげ、
世紀のあをあをとながれるうれひ顔のうへに、
こともなげに、ひそかにも、
うつりゆく香料のたいまつをもやしつづけた。
いつぴきの黄色い大蜘蛛は
手品のやうにするすると糸をたれて、
そのふしぎな心の運命(さだめ)を織る。
ああ、
ゆふぐれの野のはてにひとりつぶやく太陽の
かなしくゆがんだわらひ顔、
黄色い蜘蛛はた・た・たと織りつづける。
女のやうにべつたりとしたおほきな蜘蛛は、
くたびれるのもしらないで、
足も 手も ぐるぐるする眼も
葉ずれの蘆のやうに、するどくするどくうごいてゐる。
指頭の妖怪
あをじろむ指のさきから、
小鳥がまひたつてゆく。
ぎらぎらにくもる地面の床(とこ)のうへに、
片足でおとろへはてながら、
うづまきながらのしかかつてくる。
まつくろな蛇の腹のやうな太鼓のおとが
ぼろんぼろんとなげくのだ。
わたしのあをじろむ指のさきからにげてゆく月夜の雨、
毛ばだつた秋の果物(くだもの)のやうな
ふといぬめぬめとした頸(くび)をねぢらせ、
なまめく頸をねぢらせ、
秋のこゑをつぶやき、
秋のつめたさをおさへつける。
ぼろんぼろんとやぶれた魂の糸をかきならし、
熱く、ものうく、身をかきむしつて、
さびしい秋のつめたさをおさへつける。
まがりくねつた この秋のさびしさを、
あやしくふりむけるお前のなまなましい頸のうめきに、
たよりなくもとほざけるのだ。
しろくひかる粘液をひいて、
うねりをうつお前の頸に
なげつけられた言葉の世にも稀なにほひ。
ぼろんぼろんと
わたしの遠耳にきこえてくるあやしい太鼓のおと。
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わかれることの寂しさ
あの人はわたしたちとわかれてゆきました。
わたしはあの人を別に好いても嫌つてもゐませんでした。
それだのに、
あの人がわたしたちからはなれてゆくのをみると、
あの人がなじみのやせた顔をもつて去つてゆくのをおもふと、
わけもないものさびしさが
あはくわたしの胸のそこにながれてゆきます。
人の世の 生きてわかれてゆくながれのさびしさ。
あの人のほのじろい顔も、
なじみの調度(てうど)のなかにもう見えなくなるのかと思ふと、
さだめなくあひ、さだめなくはなれ、
わづかのことばのうちにゆふぐれのささやきをにごした
そのふしぎの時間は、
とほくきえてゆくわたしの足あとを、
鳥のはねのやうにはたはたと羽ばたきをさせるのです。
わらひのひらめき
あのしめやかなうれひにとざされた顔のなかから、
をりふしにこぼれでる
あはあはしいわらひのひらめき。
しろくうるほひのあるひらめき、
それは誰にこたへたわらひでせう。
きぬずれのおとのやうなひらめき、
それはだれをむかへるわらひでせう。
うれひにとざされた顔のなかに咲きいでる
みづいろのともしびの花、
ふしめしたをとめよ、
あなたの肌のそよかぜは誰へふいてゆくのでせう。
あの人はわたしたちとわかれてゆきました。
わたしはあの人を別に好いても嫌つてもゐませんでした。
それだのに、
あの人がわたしたちからはなれてゆくのをみると、
あの人がなじみのやせた顔をもつて去つてゆくのをおもふと、
わけもないものさびしさが
あはくわたしの胸のそこにながれてゆきます。
人の世の 生きてわかれてゆくながれのさびしさ。
あの人のほのじろい顔も、
なじみの調度(てうど)のなかにもう見えなくなるのかと思ふと、
さだめなくあひ、さだめなくはなれ、
わづかのことばのうちにゆふぐれのささやきをにごした
そのふしぎの時間は、
とほくきえてゆくわたしの足あとを、
鳥のはねのやうにはたはたと羽ばたきをさせるのです。
わらひのひらめき
あのしめやかなうれひにとざされた顔のなかから、
をりふしにこぼれでる
あはあはしいわらひのひらめき。
しろくうるほひのあるひらめき、
それは誰にこたへたわらひでせう。
きぬずれのおとのやうなひらめき、
それはだれをむかへるわらひでせう。
うれひにとざされた顔のなかに咲きいでる
みづいろのともしびの花、
ふしめしたをとめよ、
あなたの肌のそよかぜは誰へふいてゆくのでせう。
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夏の夜の薔薇
手に笑とささやきとの吹雪する夏の夜(よる)、
黒髪のみだれ心地の眼がよろよろとして、
うつさうとしげる森の身ごもりのやうにたふれる。
あたらしいされかうべのうへに、
ほそぼそとむらがりかかるむらさきのばらの花びら、
夏の夜の銀色の淫縦(いんじゆう)をつらぬいて、
よろめきながれる薔薇の怪物。
みたまへ、
雪のやうにしろい腕こそは女王のばら、
まるく息づく胴(トルス)は黒い大輪のばら、
ふつくりとして指のたにまに媚をかくす足は欝金(うこん)のばら、
ゆきずりに秘密をふきだすやはらかい肩は真赤(まつか)なばら、
帯のしたにむつくりともりあがる腹はあをい臨終のばら、
こつそりとひそかに匂ふすべすべしたつぼみのばら、
ひびきをうちだすただれた老女のばら、
舌と舌とをつなぎあはせる絹のばらの花。
あたらしいふらふらするされかうべのうへに
むらむらとおそひかかるねずみいろの病気のばら、
香料の吐息をもらすばらの肉体よ、
芳香の淵にざわざわとおよぐばらの肉体よ、
いそげよ、いそげよ、
沈黙にいきづまる歓楽の祈祷にいそげよ。
手に笑とささやきとの吹雪する夏の夜(よる)、
黒髪のみだれ心地の眼がよろよろとして、
うつさうとしげる森の身ごもりのやうにたふれる。
あたらしいされかうべのうへに、
ほそぼそとむらがりかかるむらさきのばらの花びら、
夏の夜の銀色の淫縦(いんじゆう)をつらぬいて、
よろめきながれる薔薇の怪物。
みたまへ、
雪のやうにしろい腕こそは女王のばら、
まるく息づく胴(トルス)は黒い大輪のばら、
ふつくりとして指のたにまに媚をかくす足は欝金(うこん)のばら、
ゆきずりに秘密をふきだすやはらかい肩は真赤(まつか)なばら、
帯のしたにむつくりともりあがる腹はあをい臨終のばら、
こつそりとひそかに匂ふすべすべしたつぼみのばら、
ひびきをうちだすただれた老女のばら、
舌と舌とをつなぎあはせる絹のばらの花。
あたらしいふらふらするされかうべのうへに
むらむらとおそひかかるねずみいろの病気のばら、
香料の吐息をもらすばらの肉体よ、
芳香の淵にざわざわとおよぐばらの肉体よ、
いそげよ、いそげよ、
沈黙にいきづまる歓楽の祈祷にいそげよ。
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木製の人魚
こゑはとほくをまねき、
しづかにべにの鳩をうなづかせ、
よれよれてのぼる火繩(ひなは)の秋をうつろにする。
こゑはさびしくぬけて、
うつろを見はり、
ながれる身のうへににほひをうつす。
くちびるはあをくもえて、
うみのまくらにねむり、
むらがりしづむ藻草(もぐさ)のかげに眼をよせる。
洋装した十六の娘
そのやはらかなまるい肩は、
まだあをい水蜜桃のやうに媚(こび)の芽をふかないけれど、
すこしあせばんだうぶ毛がしろい肌にぴちやつとくつついてゐるやうすは、
なんだか、かんで食べたいやうな不思議なあまい食欲をそそる。
こゑはとほくをまねき、
しづかにべにの鳩をうなづかせ、
よれよれてのぼる火繩(ひなは)の秋をうつろにする。
こゑはさびしくぬけて、
うつろを見はり、
ながれる身のうへににほひをうつす。
くちびるはあをくもえて、
うみのまくらにねむり、
むらがりしづむ藻草(もぐさ)のかげに眼をよせる。
洋装した十六の娘
そのやはらかなまるい肩は、
まだあをい水蜜桃のやうに媚(こび)の芽をふかないけれど、
すこしあせばんだうぶ毛がしろい肌にぴちやつとくつついてゐるやうすは、
なんだか、かんで食べたいやうな不思議なあまい食欲をそそる。
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十四のをとめ
そのすがたからは空色のみづがながれ、
きよらかな、ものを吸ふやうな眼、
けだかい鼻、
つゆをやどしてゐるやうなときいろの頬、
あまい唾をためてゐるちひさい唇。
黄金(きん)のランプのやうに、
あなたのひかりはやはらかにもえてゐる。
椅子に眠る憂欝
はればれとその深い影をもつた横顔を
花鉢(はなばち)のやうにしづかにとどめ、
揺椅子(ゆりいす)のなかにうづくまる移り気をそそのかして、
死のすがたをおぼろにする。
みどりいろの、ゆふべの揺椅子のなやましさに、
みじかい生(せい)の花粉のさかづきをのみほすのか。
ああ、わたしのほとりに匍(は)ひよるみどりの椅子のささやきの小唄、
憂欝はながれる魚(うを)のかなしみにも似て、ゆれながら、ゆれながら、
かなしみのさざなみをくりかへす。
そのすがたからは空色のみづがながれ、
きよらかな、ものを吸ふやうな眼、
けだかい鼻、
つゆをやどしてゐるやうなときいろの頬、
あまい唾をためてゐるちひさい唇。
黄金(きん)のランプのやうに、
あなたのひかりはやはらかにもえてゐる。
椅子に眠る憂欝
はればれとその深い影をもつた横顔を
花鉢(はなばち)のやうにしづかにとどめ、
揺椅子(ゆりいす)のなかにうづくまる移り気をそそのかして、
死のすがたをおぼろにする。
みどりいろの、ゆふべの揺椅子のなやましさに、
みじかい生(せい)の花粉のさかづきをのみほすのか。
ああ、わたしのほとりに匍(は)ひよるみどりの椅子のささやきの小唄、
憂欝はながれる魚(うを)のかなしみにも似て、ゆれながら、ゆれながら、
かなしみのさざなみをくりかへす。
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まぼろしの薔薇
はるはきたけれど、
わたしはさびしい。
ひとつのかげのうへにまたおもいかげがかさなり、
わたしのまぼろしのばらをさへぎる。
ふえのやうなほそい声でうたをうたふばらよ、
うつくしい悩みのたねをまくみどりのおびのしろばらよ、
うすぐもりした春のこみちに、
ばらよ、ばらよ、まぼろしのしろばらよ、
わたしはむなしくおまへのかげをもとめては、
こころもなくさまよひあるくのです。
*
かすかな白鳥(はくてう)のはねのやうに
まよなかにさきつづく白ばらの花、
わたしのあはせた手のなかに咲きいでるまぼろしの花、
さきつづくにほひの白ばらよ、
こころをこめたいのりのなかに咲きいでるほのかなばらよ、
ああ、なやみのなかにさきつづく
にほひのばらよ、にほひのばらよ、
おまへのながいまつげが
わたしをさしまねく。
はるはきたけれど、
わたしはさびしい。
ひとつのかげのうへにまたおもいかげがかさなり、
わたしのまぼろしのばらをさへぎる。
ふえのやうなほそい声でうたをうたふばらよ、
うつくしい悩みのたねをまくみどりのおびのしろばらよ、
うすぐもりした春のこみちに、
ばらよ、ばらよ、まぼろしのしろばらよ、
わたしはむなしくおまへのかげをもとめては、
こころもなくさまよひあるくのです。
*
かすかな白鳥(はくてう)のはねのやうに
まよなかにさきつづく白ばらの花、
わたしのあはせた手のなかに咲きいでるまぼろしの花、
さきつづくにほひの白ばらよ、
こころをこめたいのりのなかに咲きいでるほのかなばらよ、
ああ、なやみのなかにさきつづく
にほひのばらよ、にほひのばらよ、
おまへのながいまつげが
わたしをさしまねく。
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*
まつしろいほのほのなかに、
おまへはうつくしい眼をとぢてわたしをさそふ。
ゆふぐれのこみちにうかみでるしろばらよ、
うすやみにうかみでるみどりのおびのしろばらよ、
おまへはにほやかな眼をとぢて、
わたしのさびしいむねに花をひらく。
*
なやましくふりつもるこころのおくの薔薇(ばら)の花よ、
わたしはかくすけれども、
よるのふけるにつれてまざまざとうかみでるかなしいしろばらの花よ、
さまざまのおもひをこめたおまへの秘密のかほが、
みづのなかの月のやうに
はてしのないながれのなかにうかんでくる。
*
ひとひら、またひとひら、ふくらみかけるつぼみのばらのはな、
そのままに、ゆふべのこゑをにほはせるばらのかなしみ、
ただ、まぼろしのなかへながれてゆくわたしのしろばらの花よ、
おまへのまつしろいほほに、
わたしはさびしいこほろぎのなくのをききます。
*
ゆふぐれのかげのなかをあるいてゆくしめやかなこひびとよ、
こゑのないことばをわたしのむねにのこしていつた白薔薇の花よ、
うすあをいまぼろしのぬれてゐるなかに
ふたりのくちびるがふれあふたふとさ。
ひごとにあたらしくうまれでるあの日のばらのはな、
つめたいけれど、
ひとすぢのゆくへをたづねるこころは、
おもひでの籠(かご)をさげてゆきます。
まつしろいほのほのなかに、
おまへはうつくしい眼をとぢてわたしをさそふ。
ゆふぐれのこみちにうかみでるしろばらよ、
うすやみにうかみでるみどりのおびのしろばらよ、
おまへはにほやかな眼をとぢて、
わたしのさびしいむねに花をひらく。
*
なやましくふりつもるこころのおくの薔薇(ばら)の花よ、
わたしはかくすけれども、
よるのふけるにつれてまざまざとうかみでるかなしいしろばらの花よ、
さまざまのおもひをこめたおまへの秘密のかほが、
みづのなかの月のやうに
はてしのないながれのなかにうかんでくる。
*
ひとひら、またひとひら、ふくらみかけるつぼみのばらのはな、
そのままに、ゆふべのこゑをにほはせるばらのかなしみ、
ただ、まぼろしのなかへながれてゆくわたしのしろばらの花よ、
おまへのまつしろいほほに、
わたしはさびしいこほろぎのなくのをききます。
*
ゆふぐれのかげのなかをあるいてゆくしめやかなこひびとよ、
こゑのないことばをわたしのむねにのこしていつた白薔薇の花よ、
うすあをいまぼろしのぬれてゐるなかに
ふたりのくちびるがふれあふたふとさ。
ひごとにあたらしくうまれでるあの日のばらのはな、
つめたいけれど、
ひとすぢのゆくへをたづねるこころは、
おもひでの籠(かご)をさげてゆきます。
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薔薇のもののけ
あさとなく ひるとなく よるとなく
わたしのまはりにうごいてゐる薔薇のもののけ、
おまへはみどりのおびをしゆうしゆうとならしてわたしの心をしばり、
うつりゆくわたしのからだに、
たえまない火のあめをふらすのです。
手をのばす薔薇
ばらよ おまへはわたしのあたまのなかで鴉のやうにゆれてゐる。
ふしぎなあまいこゑをたててのどをからす野鳩のやうに
おまへはわたしの思ひのなかでたはむれてゐる。
はねをなくした駒鳥のやうに
おまへは影(かげ)をよみながらあるいてゐる。
このやうにさびしく ゆふぐれとよるとのくるたびに
わたしの白薔薇の花はいきいきとおとづれてくるのです。
みどりのおびをしめて まぼろしによみがへつてくる白薔薇の花、
おまへのすがたは生きた宝石の蛇、
かつ かつ かつととほいひづめのおとをつたへるおまへのゆめ、
薔薇はまよなかの手をわたしへのばさうとして、
ぽたりぽたりちつていつた。
あさとなく ひるとなく よるとなく
わたしのまはりにうごいてゐる薔薇のもののけ、
おまへはみどりのおびをしゆうしゆうとならしてわたしの心をしばり、
うつりゆくわたしのからだに、
たえまない火のあめをふらすのです。
手をのばす薔薇
ばらよ おまへはわたしのあたまのなかで鴉のやうにゆれてゐる。
ふしぎなあまいこゑをたててのどをからす野鳩のやうに
おまへはわたしの思ひのなかでたはむれてゐる。
はねをなくした駒鳥のやうに
おまへは影(かげ)をよみながらあるいてゐる。
このやうにさびしく ゆふぐれとよるとのくるたびに
わたしの白薔薇の花はいきいきとおとづれてくるのです。
みどりのおびをしめて まぼろしによみがへつてくる白薔薇の花、
おまへのすがたは生きた宝石の蛇、
かつ かつ かつととほいひづめのおとをつたへるおまへのゆめ、
薔薇はまよなかの手をわたしへのばさうとして、
ぽたりぽたりちつていつた。
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薔薇の誘惑
ただひとつのにほひとなつて
わたり鳥のやうにうまれてくる影のばらの花、
糸をつないで墓上(ぼじやう)の霧をひきよせる影のばらの花、
むねせまく ふしぎなふるい甕(かめ)のすがたをのこしてゆくばらのはな、
ものをいはないばらのはな、
ああ
まぼろしに人間のたましひをたべて生きてゆくばらのはな、
おまへのねばる手は雑草の笛にかくれて
あたらしいみちにくづれてゆきます。
ばらよ ばらよ
あやしい白薔薇のかぎりないこひしさよ。
悲しみの枝に咲く夢
こひびとよ、こひびとよ、
あなたの呼吸(いき)は
わたしの耳に青玉(サフイイル)の耳かざりをつけました。
わたしは耳がかゆくなりました。
こひびとよ、こひびとよ、
あなたの眼が星のやうにきれいだつたので、
わたしはいくつもいくつもひろつてゆきました。
さうして、わたしはあなたの眼をいつぱい胸にためてしまひました。
こひびとよ、こひびとよ、
あなたのびろうどのやうな小指がむづむづとうごいて、
わたしの鼻にさはりました。
わたしはそのまま死んでもいいやうなやすらかな心持になりました。
ただひとつのにほひとなつて
わたり鳥のやうにうまれてくる影のばらの花、
糸をつないで墓上(ぼじやう)の霧をひきよせる影のばらの花、
むねせまく ふしぎなふるい甕(かめ)のすがたをのこしてゆくばらのはな、
ものをいはないばらのはな、
ああ
まぼろしに人間のたましひをたべて生きてゆくばらのはな、
おまへのねばる手は雑草の笛にかくれて
あたらしいみちにくづれてゆきます。
ばらよ ばらよ
あやしい白薔薇のかぎりないこひしさよ。
悲しみの枝に咲く夢
こひびとよ、こひびとよ、
あなたの呼吸(いき)は
わたしの耳に青玉(サフイイル)の耳かざりをつけました。
わたしは耳がかゆくなりました。
こひびとよ、こひびとよ、
あなたの眼が星のやうにきれいだつたので、
わたしはいくつもいくつもひろつてゆきました。
さうして、わたしはあなたの眼をいつぱい胸にためてしまひました。
こひびとよ、こひびとよ、
あなたのびろうどのやうな小指がむづむづとうごいて、
わたしの鼻にさはりました。
わたしはそのまま死んでもいいやうなやすらかな心持になりました。
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風のなかに巣をくふ小鳥
――十月の恋人に捧ぐ――
あなたをはじめてみたときに、
わたしはそよ風にふかれたやうになりました。
ふたたび みたび あなたをみたときに、
わたしは花のつぶてをなげられたやうに
たのしさにほほゑまずにはゐられませんでした。
あなたにあひ、あなたにわかれ、
おなじ日のいくにちもつづくとき、
わたしはかなしみにしづむやうになりました。
まことにはかなきものはゆくへさだめぬものおもひ、
風のなかに巣をくふ小鳥、
はてしなく鳴きつづけ、鳴きつづけ、
いづこともなくながれゆくこひごころ。
足
うすいこさめのふる日です、
わたしのまへにふたりのむすめがゆきました。
そのひとりのむすめのしろい足のうつくしさをわたしはわすれない。
せいじいろの爪(つま)かはからこぼれてゐるまるいなめらかなかかとは、
ほんのりとあからんで、
はるのひのさくらの花びらのやうになまめいてゐました。
こいえびちやのはなをがそのはなびらをつつんでつやつやとしてゐました。
ああ うすいこさめのふる日です。
あはい春のこころのやうなうつくしい足のゆらめきが、
ぬれたしろい水鳥(みづどり)のやうに
おもひのなかにかろくうかんでゐます。
――十月の恋人に捧ぐ――
あなたをはじめてみたときに、
わたしはそよ風にふかれたやうになりました。
ふたたび みたび あなたをみたときに、
わたしは花のつぶてをなげられたやうに
たのしさにほほゑまずにはゐられませんでした。
あなたにあひ、あなたにわかれ、
おなじ日のいくにちもつづくとき、
わたしはかなしみにしづむやうになりました。
まことにはかなきものはゆくへさだめぬものおもひ、
風のなかに巣をくふ小鳥、
はてしなく鳴きつづけ、鳴きつづけ、
いづこともなくながれゆくこひごころ。
足
うすいこさめのふる日です、
わたしのまへにふたりのむすめがゆきました。
そのひとりのむすめのしろい足のうつくしさをわたしはわすれない。
せいじいろの爪(つま)かはからこぼれてゐるまるいなめらかなかかとは、
ほんのりとあからんで、
はるのひのさくらの花びらのやうになまめいてゐました。
こいえびちやのはなをがそのはなびらをつつんでつやつやとしてゐました。
ああ うすいこさめのふる日です。
あはい春のこころのやうなうつくしい足のゆらめきが、
ぬれたしろい水鳥(みづどり)のやうに
おもひのなかにかろくうかんでゐます。
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恋人を抱く空想
ちひさな風がゆく、
ちひさな風がゆく、
おまへの眼をすべり、
おまへのゆびのあひだをすべり、
しろいカナリヤのやうに
おまへの乳房のうへをすべりすべり、
ちひさな風がゆく。
ひな菊と さくらさうと あをいばらの花とがもつれもつれ、
おまへのまるい肩があらしのやうにこまかにこまかにふるへる。
西蔵のちひさな鐘
むらさきのつばきの花をぬりこめて、
かの宗門のよはひのみぞにはなやかなともしびをかかげ、
憂愁のやせさらぼへた馬の背にうたたねする鐘よ、
そのほのぐらい銀色のつめたさは
さやさやとうすじろく、うすあをく、
嵐気(らんき)にかくされた その風貌の刺(とげ)のなまなましさ。
鐘は僧形のあしのうらに疑問のいぼをうゑ、
くまどりをおしせまり、
笹の葉のとぐろをまいて、
わかれてもわかれてもつきせぬきづなの魚(うを)を生かす。
ちひさな風がゆく、
ちひさな風がゆく、
おまへの眼をすべり、
おまへのゆびのあひだをすべり、
しろいカナリヤのやうに
おまへの乳房のうへをすべりすべり、
ちひさな風がゆく。
ひな菊と さくらさうと あをいばらの花とがもつれもつれ、
おまへのまるい肩があらしのやうにこまかにこまかにふるへる。
西蔵のちひさな鐘
むらさきのつばきの花をぬりこめて、
かの宗門のよはひのみぞにはなやかなともしびをかかげ、
憂愁のやせさらぼへた馬の背にうたたねする鐘よ、
そのほのぐらい銀色のつめたさは
さやさやとうすじろく、うすあをく、
嵐気(らんき)にかくされた その風貌の刺(とげ)のなまなましさ。
鐘は僧形のあしのうらに疑問のいぼをうゑ、
くまどりをおしせまり、
笹の葉のとぐろをまいて、
わかれてもわかれてもつきせぬきづなの魚(うを)を生かす。
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さびしいかげ
この ひたすらにうらさびしいかげはどこからくるのか、
きいろい木(こ)の実のみのるとほい未来の木立のなかからか、
ちやうど 胸のさやさやとしたながれのなかに、
すずしげにおよぐしろい魚のやうである。
あなたのこゑ
わたしの耳はあなたのこゑのうらもおもてもしつてゐる。
みづ苔(ごけ)のうへをすべる朝のそよかぜのやうなあなたのこゑも、
グロキシニヤのうぶげのなかにからまる夢のやうなあなたのこゑも、
つめたい真珠のたまをふれあはせて靄(もや)のなかにきくやうなあなたのこゑも、
銀(ぎん)と黄金(こがね)の太刀(たち)をひらひらとひらめかす幻想の太陽のやうなあなたのこゑも、
月をかくれ、
沼の水をかくれ、
水中のいきものをかくれ、
ひとりけざやかに雪のみねをのぼるやうな澄んだあなたのこゑも、
つばきの花やひなげしの花がぽとぽととおちるやうなひかりあるあなたのこゑも、
うすもののレースでわたしのたましひをやはらかくとりまくあなたのこゑも、
まひあがり、さてしづかにおりたつて、
あたりに気をかねながらささやく河原のなかの雲雀(ひばり)のやうなあなたのこゑも、
わたしはよくよく知つてゐる。
とほくのはうからにほふやうにながれてくるあなたのこゑのうつりかを、
わたしは夜のさびしさに、さびしさに、
いま、あなたのこゑをいくつもいくつもおもひだしてゐる。
この ひたすらにうらさびしいかげはどこからくるのか、
きいろい木(こ)の実のみのるとほい未来の木立のなかからか、
ちやうど 胸のさやさやとしたながれのなかに、
すずしげにおよぐしろい魚のやうである。
あなたのこゑ
わたしの耳はあなたのこゑのうらもおもてもしつてゐる。
みづ苔(ごけ)のうへをすべる朝のそよかぜのやうなあなたのこゑも、
グロキシニヤのうぶげのなかにからまる夢のやうなあなたのこゑも、
つめたい真珠のたまをふれあはせて靄(もや)のなかにきくやうなあなたのこゑも、
銀(ぎん)と黄金(こがね)の太刀(たち)をひらひらとひらめかす幻想の太陽のやうなあなたのこゑも、
月をかくれ、
沼の水をかくれ、
水中のいきものをかくれ、
ひとりけざやかに雪のみねをのぼるやうな澄んだあなたのこゑも、
つばきの花やひなげしの花がぽとぽととおちるやうなひかりあるあなたのこゑも、
うすもののレースでわたしのたましひをやはらかくとりまくあなたのこゑも、
まひあがり、さてしづかにおりたつて、
あたりに気をかねながらささやく河原のなかの雲雀(ひばり)のやうなあなたのこゑも、
わたしはよくよく知つてゐる。
とほくのはうからにほふやうにながれてくるあなたのこゑのうつりかを、
わたしは夜のさびしさに、さびしさに、
いま、あなたのこゑをいくつもいくつもおもひだしてゐる。
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盲目の宝石商人
わたしは十二月のきりのこいばんがたに、
街のなかをとぼろとぼろとあるいてゆくめくらの商人(あきんど)です。
わたしの手もやはり霧のやうにあをくばうばうとのびてゆくのです。
ゆめのおもみのやうなきざはしがとびかひ、
わたしは手提の革箱(かはばこ)のなかに、
ぬめいろのトルコ玉をもち、
蛇の眼のやうなトルマリン、
おほきなひびきを人形師の糸でころがすザクロ石、
はなよめのやはらかい指にふさはしいうすむらさきのうすダイヤ、
わたしは空からおりてきた鉤(かぎ)のやうに、
つつまれた柳のほそい枝のかげにわれながら
まだらにうかぶ月の輪をめあてに、
さても とぼろとぼろとあるいてゆきます。
十六歳の少年の顔
――思ひ出の自画像――
うすあをいかげにつつまれたおまへのかほには
五月のほととぎすがないてゐます。
うすあをいびろうどのやうなおまへのかほには
月のにほひがひたひたとしてゐます。
ああ みればみるほど薄月(うすづき)のやうな少年よ、
しろい野芥子(のげし)のやうにはにかんでばかりゐる少年よ、
そつと指でさはられても真赤になるおまへのかほ、
ほそい眉、
きれのながい眼のあかるさ、
ふつくらとしてしろい頬の花、
水草(みづくさ)のやうなやはらかいくちびる、
はづかしさと夢とひかりとでしなしなとふるへてゐるおまへのかほ。
わたしは十二月のきりのこいばんがたに、
街のなかをとぼろとぼろとあるいてゆくめくらの商人(あきんど)です。
わたしの手もやはり霧のやうにあをくばうばうとのびてゆくのです。
ゆめのおもみのやうなきざはしがとびかひ、
わたしは手提の革箱(かはばこ)のなかに、
ぬめいろのトルコ玉をもち、
蛇の眼のやうなトルマリン、
おほきなひびきを人形師の糸でころがすザクロ石、
はなよめのやはらかい指にふさはしいうすむらさきのうすダイヤ、
わたしは空からおりてきた鉤(かぎ)のやうに、
つつまれた柳のほそい枝のかげにわれながら
まだらにうかぶ月の輪をめあてに、
さても とぼろとぼろとあるいてゆきます。
十六歳の少年の顔
――思ひ出の自画像――
うすあをいかげにつつまれたおまへのかほには
五月のほととぎすがないてゐます。
うすあをいびろうどのやうなおまへのかほには
月のにほひがひたひたとしてゐます。
ああ みればみるほど薄月(うすづき)のやうな少年よ、
しろい野芥子(のげし)のやうにはにかんでばかりゐる少年よ、
そつと指でさはられても真赤になるおまへのかほ、
ほそい眉、
きれのながい眼のあかるさ、
ふつくらとしてしろい頬の花、
水草(みづくさ)のやうなやはらかいくちびる、
はづかしさと夢とひかりとでしなしなとふるへてゐるおまへのかほ。
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雪のある国へ帰るお前は
風のやうにおまへはわたしをとほりすぎた。
枝にからまる風のやうに、
葉のなかに真夜中をねむる風のやうに、
みしらぬおまへがわたしの心のなかを風のやうにとほりすぎた。
四月だといふのにまだ雪の深い北国(ほつこく)へかへるおまへは、
どんなにさむざむとしたよそほひをしてゆくだらう。
みしらぬお前がいつとはなしにわたしの心のうへにちらした花びらは、
きえるかもしれない、きえるかもしれない。
けれども、おまへのいたいけな心づくしは、
とほい鐘のねのやうにいつまでもわたしをなぐさめてくれるだらう。
焦心のながしめ
むらがりはあをいひかりをよび、
きえがてにゆれるほのほをうづめ、
しろく しろく あゆみゆくこのさびしさ。
みづのおもての花でもなく、
また こずゑのゆふぐれにかかる鳥のあしおとでもなく、
うつろから うつろへとはこばれる焦心(せうしん)のながしめ、
欝金香(うつこんかう)の花ちりちりと、
こころは 雪をいただき、
こころは みぞれになやみ、
こころは あけがたの細雨(ほそあめ)にまよふ。
風のやうにおまへはわたしをとほりすぎた。
枝にからまる風のやうに、
葉のなかに真夜中をねむる風のやうに、
みしらぬおまへがわたしの心のなかを風のやうにとほりすぎた。
四月だといふのにまだ雪の深い北国(ほつこく)へかへるおまへは、
どんなにさむざむとしたよそほひをしてゆくだらう。
みしらぬお前がいつとはなしにわたしの心のうへにちらした花びらは、
きえるかもしれない、きえるかもしれない。
けれども、おまへのいたいけな心づくしは、
とほい鐘のねのやうにいつまでもわたしをなぐさめてくれるだらう。
焦心のながしめ
むらがりはあをいひかりをよび、
きえがてにゆれるほのほをうづめ、
しろく しろく あゆみゆくこのさびしさ。
みづのおもての花でもなく、
また こずゑのゆふぐれにかかる鳥のあしおとでもなく、
うつろから うつろへとはこばれる焦心(せうしん)のながしめ、
欝金香(うつこんかう)の花ちりちりと、
こころは 雪をいただき、
こころは みぞれになやみ、
こころは あけがたの細雨(ほそあめ)にまよふ。
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四月の顔
ひかりはそのいろどりをのがれて、
あしおともかろく
かぎろひをうみつつ、
河のほとりにはねをのばす。
四月の顔はやはらかく、
またはぢらひのうちに溶(と)けながら
あらあらしくみだれて、
つぼみの花の裂(さ)けるおとをつらねてゆく。
こゑよ、
四月のあらあらしいこゑよ、
みだれても みだれても
やはらかいおまへの顔は
うすい絹のおもてにうつる青い蝶蝶の群れ咲(ざ)き
季節の色
たふれようとしてたふれない
ゆるやかに
葉と葉とのあひだをながれるもの、
もののみわけもつかないほど
のどかにしなしなとして
おもてをなでるもの、
手のなかをすべりでる
かよわいもの、
いそいそとして水にたはむれる風の舌、
みづいろであり、
みどりであり、
そらいろであり、
さうして 絶えることのない遥かな銀の色である。
わたしの身はうごく、
うつりゆくいろあひのなかに。
ひかりはそのいろどりをのがれて、
あしおともかろく
かぎろひをうみつつ、
河のほとりにはねをのばす。
四月の顔はやはらかく、
またはぢらひのうちに溶(と)けながら
あらあらしくみだれて、
つぼみの花の裂(さ)けるおとをつらねてゆく。
こゑよ、
四月のあらあらしいこゑよ、
みだれても みだれても
やはらかいおまへの顔は
うすい絹のおもてにうつる青い蝶蝶の群れ咲(ざ)き
季節の色
たふれようとしてたふれない
ゆるやかに
葉と葉とのあひだをながれるもの、
もののみわけもつかないほど
のどかにしなしなとして
おもてをなでるもの、
手のなかをすべりでる
かよわいもの、
いそいそとして水にたはむれる風の舌、
みづいろであり、
みどりであり、
そらいろであり、
さうして 絶えることのない遥かな銀の色である。
わたしの身はうごく、
うつりゆくいろあひのなかに。
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四月の日
日は照る、
日は照る、
四月の日はほのほのむれのやうに
はてしなく大空のむなしさのなかに
みなぎりあふれてゐます。
花は熱気にのぼせて、
うはごとを言ひます。
傘のやうに日のゆれる軟風(なんぷう)はたちはだかり、
とびあがる光の槍をむかへます。
日は照る、
日は照る、
あらあらしく紺青(こんじやう)の布をさいて、
らんまんと日は照りつづけます。
月に照らされる年齢
あめいろにいろどられた月光のふもとに
ことばをさしのべて空想の馬にさやぐものは、
わきたつ無数のともしびをてらして ひそみにかくれ、
闇のゆらめく舟をおさへて
ふくらむ心の花をゆたかにこぼさせる。
かはりゆき、うつりゆき、
つらなりゆき、
まことに ひそやかに 月のながれに生きる年頃。
日は照る、
日は照る、
四月の日はほのほのむれのやうに
はてしなく大空のむなしさのなかに
みなぎりあふれてゐます。
花は熱気にのぼせて、
うはごとを言ひます。
傘のやうに日のゆれる軟風(なんぷう)はたちはだかり、
とびあがる光の槍をむかへます。
日は照る、
日は照る、
あらあらしく紺青(こんじやう)の布をさいて、
らんまんと日は照りつづけます。
月に照らされる年齢
あめいろにいろどられた月光のふもとに
ことばをさしのべて空想の馬にさやぐものは、
わきたつ無数のともしびをてらして ひそみにかくれ、
闇のゆらめく舟をおさへて
ふくらむ心の花をゆたかにこぼさせる。
かはりゆき、うつりゆき、
つらなりゆき、
まことに ひそやかに 月のながれに生きる年頃。
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